
絵・描画の理解と産出の発達

1. シンボルとしての絵・描画
絵はシンボルのひとつと考えられます。私たちは、色々なシンボルを持っていますが、それを身振りで表すこともありますし、言葉や音楽、地図で表すこともあります。以下の図のように、「対象・事物・事象」をシンボルで表すということをしています。
対象とシンボルの意味的な対応関係を理解するのに、あるシンボルで対象を表すます。そのためには対象についてのイメージ、知識が必要になります。生まれてから子どもは身の回りの色々な対象を経験し、なんらかのかたちでイメージや知識を表象としてとらえていきます。心理学的には、こうした三項関係として理論化されています。シンボル・象徴機能の発達に関する理論として、ジャン・ピアジェ(1951)、ウェルナー&カプラン(1963)、ヴィゴーツキー(1978)、ブルーナー(1983)の研究が知られています。
描画の発達に関する発達理論としては、リュケ(1927)、ローウェンフェルド(1947)、ケロッグ(1969)が知られていますが、基本的には現在もリュケの5段階の発達段階で考えられています。
描画に関する発達の5段階(リュケ、1927)
1. なぐり描きの段階
2. 偶然の写実性
3. 出来損ないの写実性
4. 知的写実性
5. 視覚的写実性
4、5については比較的よく研究されていますが、1〜3は幼児が対象なので、あまりデータがなかったという問題がありますが、リュケによれば、それぞれは以下のようなことになります。
1は、デタラメに無意味な線描きをしているとき。
2は、1の中で偶然になにか対象の形を発見することで、それを偶然の写実性と呼ぶ。
3は、ちゃんとした形は描けないけれどなにかある対象を写そうと考えているが、身体が追いつかないような状況。ここまでが3〜4歳くらいまで。
4は、5歳くらいからのことで、例えば、妊娠中のお母さんを、お腹の中に赤ちゃんがいる絵として描いたりする。鳥瞰的な写実。知っていることについて書く(地図に関しては、空間認知ということで、また別の研究があります)。
5は、遠近法などが入ってきて、大人の絵になっていく、と言えるかも知れません。
2. 絵・描画の理解と産出:萌芽期
2.1 前提
発達ということを広く考えると、絵の発達だけではなく、社会的・対人的・文化的文脈の中で展開します。乳児はひとりでは生きていけないので、養育者と子どもの相互交渉が常に重要で、生活・遊びのなかでの多様なやりとりを通じて行われます。特に「遊び」というのは、「いないいないバー」というようなこと、ボールを転がして、母親に返すというようなやりとりを0歳代からしています。言語の面では、ノンバーバルな面で視線のやりとりや、子どもの発声活動に対して、親は子どもが何か話していると捉えて、近づいたりという、相互交渉が絶えず行われています。基本的に対人的な文脈が状況としてあって、その中のひとつとして描画があると私は捉えています。いままでの描画研究は、ひとりで子どもが絵を描くというような前提で捉えがちだったのですが、1〜3歳くらいの幼児の場合、親との密着という関係、環境の中で行われていると考えなくてはいけないでしょう。
絵を理解と産出(描画)から考えると、当然ですが理解が産出に先行するということになります。ホッホバーグの研究(1962)に、生まれてから映像、絵、写真を見せないで育てた子どもの研究があります。そして19ヶ月目に初めて映像などを見せたときに、実物しか見たことがないけれども、2次元的なもので見せても理解することができたという事例があります。この研究から、映像・絵・写真等の理解は「生得的」であるということが言われています。19ヶ月ということに対して「生得的といえるのか?」という指摘もあり、この次の段階の研究として、バレラによる研究(1981)があります。「3次元対象と2次元表示の同定・弁別」ができるのかということなのですが、生後3ヶ月、生後2日で同定と弁別ができたというデータが得られています。
もう少し進んで、カミロフ─スミスの研究(1992)があります。この研究では、対象の知識、書かれた対象の知識を持っているということが証明されており、10ヶ月の子どもには、絵と数字と文字の区別ができるというデータを出しています。これは知覚的形式的知識を持っているということで、この知識に導かれて、描画や文字が発達していくということなのですが、私自身はこれだけではうまくいかないと、やや批判を持っています。
この場合の知識とは、馴化法(「4.絵・描画に関する研究方法について」を参照)という研究方法に基づいていて、知覚的にわかっているということで、言語化はできない、明示的ではない暗黙的な知識ということになります。あくまでも知覚的なレベルで、言語化できていないところは問題だとは思います。ただ、推測としては、知識は持っているという主張がこの種の研究では多い。
2.2 絵(描画)産出のための状況・設定
以上から、幼児はすでに絵を理解しているという前提に立ちます。その上で、絵(描画)の産出の始まりを考えると、そのための状況・設定が必要になります。例えば、筆記用具や紙が無くてはいけない。しかし、状況設定は意図的に設定するとは限らないと思います。それはたまたま、親が手紙を書いているとか、私の場合では論文を書いているというようなとき、他者といっしょのときに、子どもが筆記用具をとって生じるということが多いといえます。兄弟で上の子が描いているというところで、それを見た下の子が描き始めるという場合もあります。そういう意味では、対人的な文脈の中で初めて描き始めると考えられます。初めての産出は、1歳前後が多いでしょう。
2.3 表象活動のめばえ──表現意図
大部分は無意味ななぐり描きが多いと言われますが、よくみると表象的な活動の芽生えが見られます。ケロッグが無意味ななぐり描きの描線の種類を分類したりしていますが、私の場合は、例は少ないですが、むしろ表象活動に興味を持ちました。特に表現意図(何を描くのか)の芽生えを研究しました。リュケの場合は、偶然何かを書いているときにそこに対象の形を見つけて、ネーミングするということで表現意図が出てくるということを書いていますが、これに対してすこし違うのではないかと考えています。
私は、次の3種類を描画行為の「めばえ」としてあげたいと思います。
・ 行為表象
・見立て的描出
・描画課題の共有
2.3.1 行為表象
・表現と描出行為未分化(動き・リズム・情動・イメージ)
(a)M(1歳4か月)が描線を描く
(b)T(1歳8か月)が円状の描線を描く
(c)TM(1歳8か月)が打ちツけるようにウサギを描く
(a)は、なぐり描きをしているところの「↑」のあたりを「ブーッ」と言いながら描いた。(b)も「ブーッ、ブーッ」と言いながら描いたもの。(c)は、「ピョンピョン、ウサギさん」と言いながら描いたものです。こういう場合を「行為表象」と名付けています。これらは、描出行為と表現が未分化な状態と捉えることができると思います。描出行為の中に、ある対象を表している動きやリズムとして表現されているわけです。
対象の動きを「うさぎがピョンピョンする」というリズムの中に入れていて、将来は視覚的な形で表現をすることになるわけですが、その基底にはこのような、感覚運動的な、律動的な、楽しいというような情動を持っているということが言えると思います。この上に視覚的な対象を描くということが出てくるのだと考えられます。
2.3.2 見立て的描出
・表現が描出行為から分化
・「画上に虚構世界を構築」=象徴遊び
(a)M(1歳7か月)が円状線で「ニイチャン」を描く
(b)TM(1歳7か月)が「パパ」(中央部)を描く
見ただけでは何を書いたかは分からないのですが、ネーミングをするので、なんとなくわかるという状態です。(a)は、顔でしょうか?(b)は「パパ」と名付けている。視覚的な形態にはなっていないのですが、本人が見立てているということで、表現が描出行為から分化していると考えられると思います。ちょうど2〜6歳くらいまでの時期は、象徴遊びが盛んに行われます。オママゴトとか、電車ごっこ、お医者さんごっこ。それと同じように見立てるということが行われていると言えるでしょう。さらに、「画上に虚構世界を構築」しているということが理解されつつあるわけです。
2.3.3 描画課題の共有
・ scaffolding
この場合は、お母さんと課題を共有して描いています。左は自動車、救急車です。お母さんが描いて、子どもが描いたのは屋根のランプです。隣は鬼。お母さんが鬼の輪郭を描いて子どもが目を描いたというもの。全体は描けないけれど、課題を共有することができる。
「母または子どもによる描画テーマの提案の生起率」のグラフにあるように、お母さんの提案で描くケースから、子どもが描画テーマを提案するケースが増えてきます。ここからは、徐々に、子どもが主導的な役割に変化していくということがみられます。
2.4 慣用的表現の習得へ
子どもが1歳代で描画テーマを母親に求めることがみられる。そういう意味で、表現意図がめばえているということになります。また、「行為表象」「見立て的描出」という事象からもそれは言えるでしょう。
ただ視覚的に形態にしたがって慣用的な表現として絵を描くということは、「行為表象」「見立て的描出」には該当しません。「描画課題の共有」の場合、お母さんが視覚的な形態である対象を描くので、慣用的表現の修得に繋がっていく可能性があるでしょう。
いずれにしても、「何を描くのか」「いかに描くのか」ということが1歳代でめばえているということにはなると思われます。以上のように表現意図を持ったことが確認されたので、次に慣用的表現の習得についてみていきたいと思います。







