プロジェクトについて
CREST「デジタルメディアを基盤とした21世紀の芸術創造」概要
プロジェクトリーダー:藤幡正樹
メンバー
東京藝術大学藤幡研究室
東京藝術大学佐藤研究室
東京大学池内研究室
東京工業大学中嶋・齋藤研究室
近畿大学岡崎研究室
「デジタルメディアを基盤とした21世紀の芸術創造」研究プロジェクトは、平成16〜21年度に科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)「デジタルメディア作品の制作を支援する基盤技術」研究領域に採択された研究提案で、東京藝術大学大学院映像研究科の藤幡正樹をプロジェクトリーダーとして、東京藝術大学藤幡研究室、佐藤研究室、東京大学池内研究室、東京工業大学中嶋・齋藤研究室、近畿大学岡崎研究室が共同で研究を進めてきた。本研究提案は、芸術系の表現者が研究代表者であること、デジタルメディアによって生まれる工学と芸術の融合地点を提案していることに大きな特徴がある。
アート&テクノロジーのあり方
現在の工学と芸術の間には大きな溝がある。本来、両分野ともに「モノを作り出す」という意味で同等の世界観を有していたはずなのだが、再現可能性を追求する現代の工学の価値観と、再現不可能性に独創性を見る近代以降の芸術概念との間で、折り合いがつけられなくなっているのだ。この現実を前にして考えられる解決策は、両分野にまたがるきわめて本質的なテーマを提示して接点を見いだすことだ。
私達は「なぜ人は絵を描くのか」という問いかけからその接点を見いだし、「『描く』を科学する」というアプローチで全体の研究計画を展開している。そして、人間の描画行為の分析を、ロボットとシミュレータを用いた模倣の研究として推進してきた。
新しいコラボレーションの実現
現在、4つの異なったプロジェクトに基づいて研究を進め、最終的に相互に共通する人間の描画行為の基礎的な理論を抽出することを目標としている。
(A)油画描画ロボット:池内研究室、藤幡研究室
(B)油画描画シミュレータ:中嶋・齋藤研究室、佐藤研究室、藤幡研究室
(C)線画描画ロボット:藤幡研究室
(D)絵画の制度分析研究:岡崎研究室、藤幡研究室
ロボットによる描画行為のシミュレーション
池内研究室では、描画行為を「対象の観察・モデル化」「解釈・絵の構成」「絵筆、絵具を使った描画」という3つの過程を通して行われる表現と考えている。現在、この3つの過程すべてを実現する形でロボットへの実装を進めている。単に入力されたイメージを毛筆で出力するプロッターのような開発とは異なり、「絵を描く」という行為をそっくりロボットで実現しようという試みだ。
ロボットは、頭部に9個のカメラからなるステレオビジョンシステムを持ち、首は上下左右に自在に動かすことが可能。腕は、7自由度のロボットアームを2本備えている。各アームの先端には、多関節のロボットハンドを搭載。ロボットハンドは、各腕4本の指を備え、各指は3、4個の関節を持つ。各指の先端には6軸力センサーが埋め込まれており、掌には多数の圧力センサーが貼られている。また音声出力機構を搭載しており、認識結果や描画中の状態などを音声で伝えることが可能となっている。
OPS:油画描画シミュレータの開発
中嶋・齋藤研究室では、描画行為を「観察」「認識」「表現」が複合して行われる、人間の興味深い作業のひとつとして捉えてきた。そして、計算機上の描画環境を用意し、すべての作業を記録すれば、多くの情報が収集できると考えた。しかし、従来の描画システムでは画材が簡素化されており、実際の画材で行える多彩な表現が難しかった。そのため高度な描画戦略や、様々な技法や技術を記録するためには計算機上での環境は適していなかった。このような背景から計算機上での油絵描画システムの研究開発に取り組んでいる。また、実際に計算機上での描画システムが実現すると、記録分析以外にも次のような利点が考えられる。
(1)仮想的な画材には物質的な制約が存在しない。
(2)計算機上での描画記録の利用。画家にとって、記録された描画過程を編集、修正、複製することは、新たなパラダイムとなる。
(3)デジタルメディアとの融合が容易になる。
本システムは様々な筆致を実現できるように、変形する筆の毛の房を実現すること、粘性の幅が広い油絵具の物質感をだせること、艶感を実現すること、積層混色、混合混色の発色で不自然に濁りを生じさせないことを目標としている。
油絵具の物質感をだすためには、キャンバス上での移流計算が必要となるが、その計算は負荷の高いものである。そこで直感的なストローク入力のために、必要な筆モデルに関しては表現力の多様性を実現しつつ、負荷の軽い手法を採用することとした。また、計算機の性能向上の中でも、ビデオプロセッサ(GPU)の性能向上は著しいので、その機能を十分に活かしている。システム構成は、「筆モジュール」「絵具の移流計算モジュール」「発色計算モジュール」を中核として、「絵具の調合を行うモジュール」、システム全体を支える「基盤モジュール」からなる。
描画過程研究
藤幡研究室では、先述の各研究をサポートするために、芸術系から工学系への知見の提供を行っている。ロボットへの実装を目的とした、描画行為の情報処理的な観点からの解析、描画行為に関わるメディアとしての油絵具やキャンバス、インターフェイスとしての筆、タブレットなど絵画技法材料のデジタルメディアへの置換方法の研究などだ。
同時に、ロボットへの実装を目標とした描画行為の解析の一環として、インタラクティヴなモデルの構築を目指し、子供の描画行為に関するフィールドワークを行ってきた。その観察を通して、完成した絵に対する研究ではなく、描画行為のプロセスに関する描画過程研究の手法の確立を進めている。こうしたイメージ生成の過程に関する研究は、表現者のモチベーションやその戦略の展開など、これまで省みられることのなかった視点を多く含んでいる新しい研究だ。
「『描く』を科学する」その意義と展望
人間の描画行為について研究することは、視覚文化についての研究と換言することができる。必然的にこの研究は、絵画表現のみならず、写真や映像、アニメ、漫画なども含む人間が生成するイメージ全般に関わる制作過程の研究として、新しいメディア表現の研究へ展開していく。
しかし、視覚情報がこれだけ氾濫している現代において、こうした情報を扱うための研究手法がいまだ確立されていないことは、われわれが言語以外で世界を理解する方法を持たないことを意味し、未来において精神的な貧困を生み出してしまう可能性が高いことを暗示している。言語に関する発達の研究は、様々なアプローチがすでにあり、いくつかの仮説とそれを実証しようとする脳科学分野も出現しているが、描画の発達と過程の理解は、そのための研究手法さえ確立されているとは言えず、歯痒いばかりである。
先述のように私達は、各研究チームそれぞれの文脈との親和性から、個別の研究を行い、その統合として人間の描画行為のモデル化をすすめている。その結果、描画行為は、考えていた以上に深いテーマであり、「どうやって描くのか?」のみならず、「なぜ描くのか?」に触れてゆくことで、人間の生きる本質に関わることともなり、研究をより掘り下げる必要性がでてきている。情報工学と芸術表現だけの横断的研究に留まらず、認知科学などの研究成果や研究手法を取り入れる必要もあり、実際に連携を深めつつある。本研究で見いだされつつある領野とともに、科学技術系研究者と芸術表現系研究者のコラボレーションのあり方も、新たな研究手法の開発として、非常に有意義な研究成果となっている。
(文責:松井茂 2010年3月31日)






