

要旨
本研究では、人が身体の動特性をどのように利用し個性的な線描画を行うのかを理解するため、生体特有の柔軟性を模したロボットを制作し書字の実現を試みた。ロボットの柔軟性を利用した書字の実現、また文字の周波数特性とアーム自体の動特性との比較を行い、その結果、固有振動数近傍で、個性的な描線が表れることがわかった。以下、本論文では、これらロボットの動特性と書字の分析に付いて述べる。1.定義と研究方法
ロボットは身体を持つことを特徴とした人工物であり、この身体は内部の出来事を表現するためにある。つまりロボット研究はこの身体表現の差異を考察し、対象の理解・応用を行ってきた研究分野であるといえる。こうしたロボット研究の中で、人とロボットの表現の大きな差異の一つとして、ユニークネスの有無をあげることができる。ロボットが個人的な表現を不得意とする理由には、利用される動的システムの多くが外乱や設計誤差など不確定な変動を避けるためロバストなハードウエアを設計し動作の画一性を確保してきたためであるが、一方、ロボットと同様に対象を別様に記述してきた芸術作品は、ユニークさや個性を基礎とした対象理解の手段として機能しており、例えば、従来の考えで設計されたプリンターやXYプロッターなどを代表する描画装置とは異なり、物質に基づく美しい曲線で描かれた文字や絵画は、誰による表現なのかを見極めることができる。こうした書道、絵画などに現れる筆跡が鑑定できるほどの個人的な特徴はどのような理由で発現するものなのか、それぞれ描き手の身体的な特徴が違うことに着目すると、筆勢(線の伸び方、はね方、時間のかけ方)や筆圧(指の力の入れ方)などの運筆(筆の運び方)などの違いが個人的な特徴を築き上げているからであり、それぞれ描き手の身体的な特徴に応じた行動をとることで、線の草体化や略体化がおこることが描き手独自のユニークさを築き上げている理由の一つと本研究では仮定している。われわれは、むしろロボットに取り除くべきだと考えていた個性を与えることによって、身体運動と描線との関わりの中から発現する個性の仕組みを追究し、人の物理的な形状や動作に基づく表現への理解を深めるとともに、人とロボットがコミュニケーションする局面において、インタラクションをより魅力的にするための設計へと生かすことを目指している。そのため柔軟性を有した線描画ロボットを制作し、人の書字をシミュレートすることによって個性的な表現の仕組みへの追究を試みた。その結果、ロボットは固有振動数近傍で、個性的な書字が表れることがわかった。以下、本論文では、ロボットの動特性と書字の分析に付いて述べる。
2.ロボットのシステム
人間の描画は、点から点へと直線をつなぐような方法ではなく、筆の勢いを利用して曲線を描いている。筆を持つ手は力を変えながら手と筆を合わせた系の加速度を制御している。そこで筆と手の加速度を制御しながら線を描くロボットを制作し、個性的な線が描かれる条件を調べた。
アームには応力の変化が起りやすい柔軟性を有した材質として、異方性のない長さ(l)1000mm、直径15mmの塩ビ系のパイプを使用した。アームの先端にはフルカラーLEDを付け、アーム先端の移動が光の軌跡として撮影できるシステムを採用した。また駆動系にはDynamixel社のDX-117サーボモータを3機使用し、θ,φの2自由度とアームの長さ(r)を制御可能なロボットアームを制作した[図1]。パイプの素材、長さ、重さは変えられるようにリンク部分は取り外しができる機構を用意したため、動特性の変更が可能になっている。それぞれのアクチュエータとLEDのモジュールは、PCとカスケード接続され、LEDのRGB値の制御および逆運動学を利用し、アーム先端の位置(デカルト座標X.Y.Z値)を指定することで関節変位(r,θ,φ)への変換を行い、仮想に想定した支持体平面での描画を実現している[図2]。使用したPCのスペックは、OS:Windows XP Home Edition Service Pack 2。CPU:3200MHz Intel(R) Pentium(R) 4 CPU 3.20GHz。メモリーサイズ:1022 MB。アーム制御のためにJAVA5及び通信のためのserialライブラリを使用した制御プログラムを制作し、デジタルカメラの制御には、microsoft社のC言語ソフトウエアとCanonのSDKを使用した。それぞれのソフトウエアがOS上で連帯しアームとカメラの制御を同時に行うことで、運筆の長時間撮影を実現している。
3.線描画ロボットの振る舞い
制作したアームの特性を確認するため、単純な図形(四角形)を、速度を変えて描かせ、デジタルカメラによって長時間露光で撮影した。図3はアーム先端をAからB、BからC、CからDへと移動させるためのインストラクションパケットである。図4は図3のデータを基に、実際にロボットアームの動きを撮影したものである。LEDは白から赤へと0.2秒ごとに点滅しながらアームが指示されたポイントへと移動するので、この場合、一辺が指示通り3.2秒で各座標へ移動していることが確認できた。また図5が示すように、移動速度やタイミングの変化によって、描線は振動し、一辺目では横の振動、二辺目ではタテの振動とヨコの振動が合成され円の様な描線が四角形の四隅に表れていくことが画像から確認できた。さらに速度を上げていくと、高周波成分がとれ曲線化が起り描線は円に近づいていくことが確認できた[図6]。このロボットアームによって引かれる線は、過去に引いた線が次に引く線に影響を与える特徴を持っていること、また移動速度による曲線化が確認できた。これらの動特性を利用して個性的な書字の実現を試みた。
3-1.仮名の書体とモード変化
日本の文字は、中国から伝わった漢字を基に、日本語の「音」を表記するため『万葉仮名』が作られた。その後、万葉仮名の書体として、楷書、草書、行書のそれぞれが独自の書体として完成を迎えた。これらの楷書ないし行書を極度に草体化したものが平仮名となった経緯がある。楷書は一本一本まねしていけば時間がかかるが摸倣が簡単にでき、誰にでも読みやすいため公文書等に使用されている書体である。行書は連続した曲線的な文字であり、むしろ真似しにくく草書に比べ読みやすい。そのため、個人を保証するための線としてサイン等に使うことが推奨されている[*1]。つまり、それぞれ描き手の身体的な特徴が違うことに着目すると、腕の長さ、筋肉の張られ方、筋肉の強さなどの身体特性に応じた効率の良い描画行動をとることで、線の草体化(崩し)や略体化が起るため、描き手独自の線を築き上げていく契機の一つとなっていることが考えられる。一方で草書や平仮名は私的な文章で使用される機会が多い。このような日本の書体の歴史が簡略化や略体化によって、公的な線、私的な線、個人的な線を作り出し、われわれは、それぞれのモードを目的に応じて使い分けているといえる[図7]。
3-2.仮名の書字
本節では、前述した人の書字にみられる線の草体化(崩し)や略体化と同様の事態、つまり機構それ自体が自然に持っている動特性そのものによって、発現する書字パターンに影響を及ぼすこと(楷書や行書から平仮名への書体の変化)を、制作したロボットアームによって確認するため、ロボットアームを使用して漢字の「乃」を書き、速度を挙げた場合にどのような草体化が起るかを観察した。
漢字の「乃」が書けるように、シミュレータを制作し、そこから得られたXY座標と各線分の移動時間とがセットになった情報を作り、ロボットアーム先端に200グラムの重りを固定し、描画平面上の各制御点間の移動は、逆運動計算アルゴリズムを用いて各アクチュエータの関節角及び角速度へと変換し制御とタイミングを調整の後、長時間露光撮影した[動画1]。動画2は、動画1でロボットアームに与えた座標はそのままに、速度だけを早くして撮影した動画であり、その変化の推移は動画3を参照していただきたい。万葉仮名の「乃」から平仮名の「の」へとロボットアームの機構が持っている動特性によって、草体化の変化が起ること確認できた。その他「以」から「い」と「呂」から「ろ」についても速度による漢字から平仮名への草体化が確認できた[図8]。







